事業概要

 このたび国際文化学研究科が中心となって申請した「日欧亜におけるコミュニティの再生を目指す移住・多文化・福祉政策の研究拠点形成」が、日本学術振興会の研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)に採択されました。本研究科は国際文化学研究推進センターを中核として、平成28年度から平成32年度までの5年間、海外8大学、国内4大学1研究所、および神戸大学内の他の研究科と連携しながら本事業を遂行し、移住・多文化・福祉政策に関する世界水準の研究拠点を構築します。

研究交流目標

 現代社会は、日本やEU(欧州連合)に典型的に見られるように、互いに密接に連動する3つの急速な変動に直面している。すなわち、《移住の活発化》によって受入社会の社会的・政治的・経済的不安定が惹起され、《多文化化》の進行によって地域コミュニティが分断される一方、多文化化が福祉的再分配に必要な国民の連帯感を浸食し《福祉国家の揺らぎ》を招きつつある、という危惧である。これら3つの社会的変動は、少子高齢化という長期的な人口動態と相まって、先進社会の安定性と維持をおびやかしつつあるだけでなく、移住者やその家族の人権と福祉に関する深刻な懸念をも日本やEUに突きつけている。

 日本は、先進社会特有のこれらの課題をEUと共有するとともに、アジア・太平洋圏とは移住労働の受入れを含む密接な政治的・経済的関係を結んでいる。他方、アジア諸国それ自体も、大規模な移住労働によって社会的変容を遂げつつある。今や、日本、EU、アジアの研究者は、進行するグローバル化のもと、伝統的コミュニティを超えて、安定した新たな生活圏を構築するのに必要な政策を発信するため、多彩な切り口から、斬新かつ建設的な知見を討究かつ共有する責務がある。 

 本プロジェクトは、人文科学と社会科学の交錯領域に位置するこの未開拓の課題に、理論と実証の両面から取り組む国際的研究体制を構築するため、明治以来まさに多文化が交差してきた神戸の地に、EUとアジアをつなぐ研究拠点を形成するものである。平成28年度から平成32年度までの5年間、神戸大学国際文化学研究推進センターを中核とし、海外8大学、国内4大学1研究所、および神戸大学内の他の研究科と連携しながら本事業を遂行し、移住・多文化・福祉政策に関する世界水準の研究拠点を構築する。

背景と重要性

 ヨーロッパへの周辺地域からの移民・難民の最近の急激な増加を見るまでもなく、《移住の活発化》、《多文化化》、《福祉国家の揺らぎ》という先進諸国が直面する3 つの社会的変動は、少子高齢化という人口動態と相まって、日本やEU に社会の持続可能性に関わる深刻な懸念を引き起こしている。国境を越える大規模な〈人間の移動〉は、受入国において国境監視の問題のみならず、政治的・社会的・経済的不安定の問題を惹起しているだけではない。多文化化は、特に地方都市において、産業構造の変化、若年世代の流出、中心市街地の衰退と重なり合い、受入社会と移住者との間の摩擦を生み出し、地域共同体を分断しつつあると警戒されている。他方で、多文化化は、受入社会の不安定化と保守化を招くにとどまらず、福祉国家の基盤たる市民の連帯感を揺るがしかねないと危惧されている。他方、人間の安全保障という観点からは、移住者とその家族の基本的人権と福祉に関しても、早急な制度的手当てが求められている。 

 このような最新のグローバルな諸課題に対して、日本、アジア、ヨーロッパの研究者が結集して、共同の調査と討議を行い、観点と背景の相違を越えて、新たな安定的なコミュニティ・生活圏を構築するための知見や提言を発信することは、わが国の学界と行政のみならず、多様な発展段階にある世界各国の研究者や政策策定者にも裨益するところが大である。神戸は1868 年の開港以来、わが国における近代化と多文化化の先駆けの役割を果たしてきた。神戸大学国際文化学研究科が、EU 圏とアジア・太平洋圏の研究者を架橋する研究拠点として機能することは、世界的な「多文化化」研究の進展への重要な寄与になろう。

本事業を実施する意義

 EU の場合、EU 周辺での政治的・経済的破綻と、それに伴う移民・難民の流入とによって、国内の治安問題と国際的安全保障問題の境界線が消失し、言わば「不安定のボーダレス化」という状況が生じている。こうした状況の中で、EU では、移住者に対する受入社会の市民の不安を緩和し、マイノリティを包 摂する地域コミュニティを構築するために、多文化化と福祉国家の両立をめざす社会統合政策が提言されてきている。他方、アジアでは、経済連携協定によってフィリピン、インドネシア、ベトナムが日本に看 護師・介護福祉士候補を送り出しているほか、タイが介護福祉士候補の受入れを要請している。国境を越えて行われるケア労働の外部化は、わが国における再生産労働の変容を象徴するものである。さらに、わが国では、南米系移住労働者の定住増加のため、その子弟たる外国人生徒の数が急増しているが、彼らの高校・大学への進学率が顕著に低い地域が存在するという新しい深刻な教育格差の問題が発生している。

 このような社会的背景・現状に鑑みれば、移住労働者の受入社会としてEU 社会と諸課題を共有するわが国が、送出し社会たるアジア諸国の研究者と研究交流を推進しつつ、EU の社会統合政策の現状にも詳しいヨーロッパ各地の研究者と連携を深めることは、わが国の社会的課題の解決にも極めて重要である。

本事業に期待される学術的成果

 本課題の経費支給期間である5 年間に、本プロジェクトは共同研究・調査と研究者の相互派遣を恒常的に実施するだけでなく、毎年、平均2 回の国際シンポジウム又はワークショップを世界各地で開催し、相 互の研究発表と共同討議を通じて、「日本、EU 、アジアの社会が、進行するグローバル化と移住の活発化 のもとで、伝統的なコミュニティを超えて、新たな持続的な生活圏(コミュニティ)を構築するには、いかなる知見と政策が必要か」という問題を追究していく。移住労働者の受入社会であるEU と日本とは、ともに先進国であるがゆえに共有する社会的課題も多いが、地政学的影響及び歴史の異同に基づく認識や政 治状況の相違も大きい。したがって、共同研究と意見交換のさらなる促進によって、相互の学術的知見や 政策的提言のレベルがいっそう向上することが期待できる。

 例えばEU では、EU 周辺の著しい政治的不安定化が移民問題の発生を引き起こしている一方、先進諸国の少子高齢化や地方都市の空洞化・人口流出等が危惧されているという現状に鑑み、福祉・社会政策についても国民国家を超えたEU レベルでの対応が必要だという主張も唱えられている。移民及び異文化と の共生を促進し、福祉国家体制を維持して、「不安定」要素を軽減するため、様々な政策面での「欧州化」 (Europeanization)、すなわち欧州地域内での国際的標準化も図られつつある。「このような国境を越えた 規範形成がそのままアジアに応用できるのか、できないとすればその要因は何か、応用しうるとすればどのような修正が必要か」というような問題設定自体が、重要な論争点になりうる。このような規範形成モデルがアジアの研究者に何らかの直接の示唆を与えるのか、またEUとアジアとの比較を通じ日本がアジ アの中でいかなる役割を果たすべきかを、この国際的研究ネットワークの中で討究することは、日本、アジア、EU の三極間における新たな認識と合意の地平を切り拓くことへとつながるであろう。

研究交流計画の概要

 急増する移住や多文化化などが惹起している社会的・政治的・経済的な大変動は、もはや国内レベルの調査・研究の範疇には十分に収まらず、送出し社会と受入社会の双方を包摂する国際的な研究ネットワークによる真摯かつ迅速な共同調査・共同討議を必要としている。本プロジェクトでは、主に移住労働者を供給する側のアジアの研究者と受入社会の側にいる日欧の研究者とが、共同研究によって現代的な問題状況を共有したうえで、次の3つの研究交流を遂行する。

①共同研究

 毎年、いずれかの拠点機関に研究者が集結するたびに、それぞれの社会で移住者、その家族、支援者、政策策定者、公的・私的事業体、住民など様々なアクターを対象に、実証的調査を質的・量的両面 において共同で実施する。日本国内では、例えば神戸市や富山県や栃木県など外国人労働者の定住・定着化に際して様々な課題が生まれている地域において、国内の協力機関の助力を得ながら共同で現地調査を遂行し、日本国内の視点と移住労働の送出し社会の視点とを照らし合わせることによって、より安定的かつ持続的な多文化的コミュニティの構築を模索する。

②セミナー

 拠点機関で毎年定期的に開催されるシンポジウムやワークショップで、社会学、政治学、人類 学、ジェンダー論、国際関係論、文化政策学等の知見を動員しつつ、「移住・福祉国家・人権」、「多文化化状況における地方都市の再興」などの共通テーマをめぐる研究発表と共同討論を重ねることを通じて、再生産労働の変容や新たな都市文化政策の構想などに関する認識の齟齬を埋め、より発展的な多文化的コミュニ ティを構築するための政策研究を行う。また、毎年の国際シンポジウムに併せて、ポスドクや博士後期課程学生の切磋琢磨の場としての《次世代セミナー》を若手研究者自身のイニシアティヴにより開催する。

③研究者交流

 従来は特に予算の問題により研究者の相互交流は制約されていたが、特に神戸大学とアジ ア・EU の諸研究機関との間の研究者相互派遣をいっそう拡大することによって、研究者がお互いに派遣先での共同研究・調査に参加し意見交換を行うだけでなく、研究者養成に教員又は助言者として貢献すること を通して、研究・教育両面における連携を強め、大学機能のいっそうの充実と向上をめざす。