移住・移民研究センター長からのご挨拶 

 移住・移民は決して新しい現象ではありませんが、シルクロードを通じた東洋・西洋の間の交易しかり、大航海時代のヨーロッパによるアメリカへの航路開拓しかり、地球規模での人の移動の促進は、文化の伝播と経済交流の活性化を通じ、新たな価値の創造、技術革新、相互理解とともに摩擦や対立の要因も生み出してきました。

 20世紀後半を彩った東西冷戦のもとでは、人の国際移動は相対的に停滞したとも考えられますが、しかしこの時期に進んだ航空機技術の発展は、遠隔地への移動をより安全に、かつ著しく短時間で可能としました。そして冷戦終結以降は、経済のグローバル化の流れのなか、国境をこえる人の移動はかつてない規模に増加し、今日では世界中で2億〜3億人が出身国外で生活している(これに国内移民を含める10億人近くにのぼる)と言われます。

 人の移動に伴う相互に異なる価値の接触、共存、融合、衝突は、昔も今も絶え間なく繰り返されています。本センターでは、この接触、共存、融合、衝突の各側面で、どのようなメカニズムが人や社会に働くのか、衝突を避けて共存や融合に至るには何が必要となるのかについて、学内はもとより国内外の研究者との連携を密にしながら、学際的に追究し、その成果を発信して参ります。

移住・移民研究センター長

センターの目的と理念

 日本学術振興会「研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)」に「日欧亜におけるコミュニティの再生を目指す移住・多文化・福祉政策の研究拠点形成」が採択され、2016年度から2021年度まで、国内外の研究ネットワークを構築しながら研究を推進してきました。そしてこのプロジェクトを発展させる形で、2021年10月からは、日本学術振興会「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業(学術知共創プログラム)」に「移住・移民の常態化を前提とする持続的多文化共生社会の構築」が採択されました。このプロジェクトでは、人文社会科学を核としつつも、自然科学との協働を通じてグローバルに展開する移住・移民をめぐる研究課題への取り組みが始まりました。本センターは、この研究プロジェクトのハブとしての役割を担い、併せて関係する他のプロジェクトとも連携を深め、研究成果を社会に発信する支援を行うことを目的としています。

「日欧亜におけるコミュニティの再生を目指す移住・多文化・福祉政策の研究拠点形成」の成果物の1つ:
Sakai, K. and Lanna, N (eds.)(2022) Migration Governance in Asia: A Multi-level Analysis

 移住・移民をめぐる諸課題の解決には、単一のディシプリンによるアプローチでは自ずと限界があります。人文社会科学の領域では、社会学、文化人類学、政治学、経済学、言語学、音声学、心理学、教育学、歴史学、文学、地域研究などによる連携が不可欠であり、自然科学分野との協働においても、コンピュータサイエンス、データサイエンスを軸にしつつも、その射程はさらに広がっていくでしょう。直接的には移住・移民をめぐる個々の課題解決に向けた追究を進めますが、メタな目標としては、既存の人文社会科学のパラダイムを転換させる新たな学術知の創出を目指し、複眼的に研究を進めて参ります。